人の顔色を伺うのは、最強の武器なんだ。

人の顔色を伺うのは、最強の武器なんだ。
さくちょ

さくちょ

こんにちは、さくちょです。

僕はコンテンツクリエイター支援の専門家として、「オンラインで "自動的に" コンテンツが売れる仕組み」を提案・構築しており、

  • Udemyベストセラー講師
  • Kindleベストセラー作家
  • オンラインビジネス自動化の専門家

などをメインに活動し、脱サラ→起業1年目から月100万円を自動化しています。

僕は意外と思われるかもですが、周りの人からどう見られているか?をめちゃくちゃ気にするタイプです。

周りからはよく、

  • 「自由でいいよね」
  • 「行動力が半端ない」
  • 「勢いがすごいよね」

なんて言ってもらえるのですが…

実際の僕はかなり人の顔色を伺ってしまい、あとから一人でドッと疲れて

「自分って何なんだろうな…」

と落ち込んでしまうことがしょっちゅうあります。

きっと僕と同じような人もいるんじゃないかなーと。

みんなで集まって楽しく過ごしたはずなのに、帰り道に一人になった途端、楽しかった記憶よりも

「あぁ…なんか疲れたな…」

という感情になる感じ。

そして翌朝、ものすごい疲労感に襲われて何も手につかなくなる…みたいな。

そんな自分に嫌気がさしてまた落ち込んでしまう…みたいな。

結論的には、「そんな自分も受け入れつつ、折り合いをつけてやっていこうね」という話なんですけど…

そう簡単に片付けられる話でもないので、今回はここを深堀りしていこうと思います。

先輩起業家に見透かされた、僕の本性

以前、僕の地元・札幌で仲良くさせてもらってる起業家の先輩から、会食に呼んでいただく機会がありました。

情報発信・コンテンツビジネスの界隈で、僕なんかよりずっと長く活躍されている、大先輩たちです。

もう何度かお会いしたことはあるけど、やっぱり少し緊張しながら会場へ向かい、いつも通り楽しく、その場で会話をしていたつもりでした。

そんなとき、先輩の一人が僕を見て、こう言いました。

「さくちょさんって、意外と人の顔色を伺っているよね」

その一言は、僕の心の中を完全に見透かしたようで…。

一気に恥ずかしくなり、思わず身体が火照ってしまって、汗がぶゎーっと出ちゃいました。

たしかに、僕は〝心のどこか〟で先輩たちを「僕が楽しませなきゃいけない…」と必死になっていたんだと思います。

僕が楽しむことよりも、僕が勉強させてもらうことよりも、

  • 「この場の空気を壊さないように…」
  • 「僕の発言で場をしらけさせないように…」

無意識のうちにアンテナを張り巡らせていました。

もちろん会食自体は楽しくて、本当に勉強になるものでした。

でも、先輩たちと別れてから、一人で夜の帰路を歩いていると…疲労感が全身を襲ってくるんです。

家に近づくにつれて、身体が重たくなっていく感じ。

自分軸を大切にしようと、僕はいつも心に決めているのに…。

いざ、こういう場面になると、

「僕の軸って一体どこにあるんだ?」

って分からなくなってしまう。

そんな自分が情けなくて、ネガティブな気持ちになるんです。

友人の何気ない一言で、心がえぐられた銭湯での思い出

もう少し昔の話をすると、高校の友人と銭湯に行ったときのこと。

彼はいわゆる「陽キャ」で、僕みたいな「陰キャ」にも気さくに話しかけてくれるありがたい友人でした。

お風呂の脱衣所で、その友人が僕にこう聞いたんです。

「さくちょって先に体を洗う派?それとも先に湯船に入る派?」

なんてことない質問ですよね。

でも僕は、その瞬間に頭の中で、色々なことを考えてしまいました。

(僕が先に体を洗うって言ったら、もし彼が湯船から入るタイプなら、価値観の違いでギクシャクしないかな…)

僕の本音は、「みんなで入るお風呂なんだから、先に体を洗うのがマナーでしょ」です。

でも、その本音を言えなかった…。

「ん〜あんまり考えたこと無いけど、相手に合わせることが多いかな〜」

そんな当たり障りのない答えを、僕は無意識に返していました。

結局、彼は湯船に直行するタイプで、僕も彼に合わせて軽くシャワーを浴びただけで湯船に入りました。

お風呂から上がった後もそうで。彼はドライヤーをかけずにすぐ出ていくタイプ。

僕はややクセ毛の髪質なので、本当はドライヤーをかけて髪を整えたい。

でも、やっぱり彼に合わせて、ドライヤーをかけずに濡れた髪のまま食堂へ向かいました。

そこでアイスを食べながら、彼に言われた一言。

「お前って意外とクセ毛なんだね」

グサッときました…。

(いや、ちゃんと乾かせばこんなこと言われないのに…)

そんな思いが胸に刺さったけど、僕は「そうなんだよね〜」と笑ってごまかす。

その日は彼を車で家まで送って、一人になった帰り道を運転していると、あの重たい疲労感が僕を襲いました。

リラックスしに行ったはずのお風呂で友人にめちゃくちゃ気を遣ってしまい、自分のやりたいことをすべて我慢して、しまいにはコンプレックスを刺激される。

ミラーに映る自分のうねった前髪を見て、本当にみっともない気持ちになりました。

「何やってるんだろう俺…」

短所は見方を変えれば「最強の武器」になる

周りから見たら、僕はいつも自信満々で、行動力のある人に見えるかもしれません。

でも、実際の僕はこんな調子です。

人からの誘いを断るのも怖い。

  • (断ったら嫌われるんじゃないか…)
  • (もう誘われなくなるんじゃないか…)

SNSで知り合いが自分抜きで集まっている写真とかを見ると、「あれ、省かれたのかな…」なんてムダに落ち込んだりとか。

いつからこうなったのか、その原体験は正直わかりません。

もっと鈍感で気にしない性格だったら、どんなに生きやすいだろうか…と思います。

でもある日から、一周回ってこう考えるようになりました。

「他人の顔色をうかがえるって、もしかして僕の特技なんじゃないか?」

って。

  • 「空気を読んでしまう」
  • 「相手の気持ちを察してしまう」

これって一見すると、微妙な性格のように思えますよね。

僕もずっとそう思ってて、ある種コンプレックスみたいな感じでした。

でも、よく考えてみると・・

相手の気持ちや顔色を敏感に感じ取れるからこそ、相手の立場で考えられるのかもしれない。

相手の痛みが分かるからこそ、思いやりのある文章を書けるのかもしれない。

もし相手のことを何も考えられない人間だったら、ただの自己満足でしかありません。

僕がいまこうして情報発信の仕事をやっているのも、会社員時代にコンサルティングで成果を出せたのも、「相手の顔色をうかがってしまう」という性格のおかげかもしれない。

  • 「短所は見方を変えれば長所になる」
  • 「コンプレックスは角度を変えれば最強の武器になる」

みたいな感じだと思います。

気を使いすぎて疲れてしまうって、それだけ相手に寄り添える才能があるということなんじゃないかなと。

その才能(=得意)を、情報発信やコンテンツ作りに活かせば、人の心に響くものを生み出すことができます。

自分のすべてを受け入れ、才能の活かし方を考える

もちろん、誰かの期待に応えるためだけにずっと生きるのは違うと思います。

やりすぎは良くない。

最近「カフネ」という2025年の本屋大賞受賞作を読んでそう強く思ったんですよね。

(ネタバレになっちゃうのであまり内容は語りませんが)

自分の人生の主役は、いつだって自分自身です。

自分の良いところも、悪いと思っているところも、全てひっくるめて自分なんです。

誰かと付き合ったり結婚したりしても、何かをきっかけで離れてしまうときがくるかもしれません。

でも、僕らは自分自身と、一生付き合っていかなければならない。

だったら、嫌い続けるよりも、その才能の活かし方を考えてみた方が、人生はきっと楽しくなるんじゃないかなと。

とはいえ、疲れたときは無理しちゃダメです。

僕も疲れた日は一日中、映画やYouTubeをぼーっと見てダラダラ過ごすときもあります。

でも、そんな時間ですら「これはインプットの時間だ」と視点を変えて捉えちゃえば、すべて学びや発信のネタに変わります。

情報発信という仕事は、人生のすべてをコンテンツにできる、本当におもしろい仕事だなと感じますね。

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